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武豊氏のバイオナンバー│株式会社ベックスコーポレーション

武豊氏(競馬騎手):バイオナンバー「145」

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武豊氏(競馬騎手):バイオナンバー「145」

こんにちは!

 

今回バイオナンバーの特徴から分析する人物は、日本を代表する天才ジョッキーの武豊氏です。

同氏のバイオナンバーはです。

 

<生い立ち>

1969年3月15日に騎手の武邦彦氏(バイオナンバー:611)の三男として京都府で生まれました。しかし、すぐに滋賀県栗東市に引っ越しすることになり、栗東で育ちます。

関西の名騎手で「ターフの魔術師」の異名を持つ父の影響を受け、10歳になると栗東トレーニング・センター乗馬苑で乗馬を始めます。

 

その後、騎手になるため15歳で親元を離れ、日本中央競馬会競馬学校に3期生として入学します。創立して間もない当時は、今とは比べ物にならないくらい厳しい環境だったそうで、武氏はそこでの生活で「我慢すること」を学びます。

 

3年間を経て、競馬学校を卒業すると栗東の武田作十郎厩舎の所属となり、念願の騎手デビューを果たします。デビュー戦は1987年3月1日、阪神4レースアグネスディクターで初騎乗し2着、その翌週では、阪神3レースでダイナビショップに騎乗して初勝利を飾ります。しかし、師である武田作十郎氏(バイオナンバー:554)から「ただ馬乗りが上手くてもダメだ」、「勝ってもおごり高ぶらず、周囲の方々への感謝の気持ちを忘れてはいけない」などの教えを受けており、レースに優勝したときには、その言葉をいつも思い出していると語っています。

 

翌年には平成三強と呼ばれたスーパークリークに騎乗して菊花賞を制し、JRAのG1初勝利を果たします。このとき19歳でクラシックレース最年少勝利となります。2005年にはディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2頭目となる無敗での3冠を達成します。

 

2007年には史上初となるJRA通算3000勝を達成し、2011年にはJRA通算3400勝を記録します。しかし、同年にはG1での勝ちがなく23年連続G1勝利記録が途切れてしまいました。その後、2018年にはJRA通算4000勝を達成しますが、武氏はまだまだ通過点とコメントを残しています

 

<バイオナンバー145から見た特徴>

このバイオナンバーの人は、一度決断したことはどんな困難に直面しても苦にすることなく最後まで粘り強く取り組む人です。

2019年10月20日には菊花賞最年少&最年長の優勝が話題となっており、同レースでは最年少優勝記録(19歳)、伊藤勝吉氏(バイオナンバー:213)の48歳を抜いて50歳での最年長記録を更新しました。全ての人生を馬に捧げ、歴代の騎手の記録を塗り替え続けていることからもの特徴が見てとれます。

これからも大記録に向けて挑戦する武氏の活躍に注目したいと思います。

 

バイオナンバーの特徴はこちら

 

<参考資料

・武豊OfficialSite

・NHK SPORTS STORY




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